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『世界の音楽界は今』
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WR0048「欧州若者音楽事情の摩訶不思議(2)」−ドイツ語で歌って世界制覇を目指す! ネ オナチ疑惑は戦略の一環!?〜 |
(1999/4/20) |
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在独音楽レポーター:鈴木佳代子 |
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去る2月、第41回目になるグラミー賞授賞式がロサンゼルスで行われた。当初は28 部門足らずだったカテゴリーも、時代と共に多様化・細分化されて今では全96部門、 数ある音楽賞の中でも「最も権威ある賞のひとつ」と受け止めている人も多い。もっ とも、細分化したのは良いが、一体誰が全96部門に及ぶ音楽シーンを把握し、そこか らジャッジするのか、またそれが出来るだけの人材を広く揃えているのか、という点 で、それぞれの専門分野からのクレームもないわけではない(今回ここでは詳しく触 れないが)。 しかしながら、今年は、ノミネートされていたアーティストの中に意外な名を見付 けて、心底驚かされた。それは、"Best Metal Performance"部門("Metal"とは、ヘ ヴィ・メタルのこと)にノミネートされていたRAMMSTEIN(ラムシュタイン)という ドイツのバンドである。RAMMSTEINは、本国ドイツは元よりヨーロッパでも人気に火 がつき、その後アメリカにも順調に進出を図っていることは知っていたが、正統派(? )グラミーからも目を付けられていたとは。 良くも悪くも"ドイツらしい"このバンドがここまでのし上がってきたことは、音楽 界に於ける新たな脅威、もとい驚異である(※蛇足だが、実際に受賞したのはグラミ ーとは縁の深いMETALLICAだった)。 ●旧東ドイツが生んだ斬新なサウンド● RAMMSTEINのメンバーは、いずれも旧東ドイツ地域(ベルリン&シュベリーン)出 身。1989年のベルリンの壁崩壊以降に訪れた音楽活動の自由を貪るように追究し、中 には家族より創作活動に没入してしまった結果、家族を失う(別離)事態にまで至っ たメンバーもいたそうである。そして現在のラインナップ(6人編成)が完成したの は1994年。バンド名の由来は、ドイツの小都市“RAMSTEIN”(こちらの綴りはMがひ とつ)に起因する。 1988年8月にアメリカ軍基地のあるこのRAMSTEINの航空ショーで起こった大惨事( 註:曲技飛行中の航空機が空中衝突し、3機が墜落、うち1機が炎上しながら観客に突 っ込んだ事故。死傷者は80名と言われた)により、“RAMSTEIN”はドイツ人にとって はある種「忌まわしい」響きを持つ言葉となった。そしてその地名を敢えてバンド名 に冠した彼等のコンセプトとは、「シンプル、モノトーン、喜びのない」サウンド。 そしてデビュー・アルバム「HERZELIED(心痛)」は95年にリリースされ、大輪の花 をバックに上半身裸のマッチョ(風)なメンバーという、「ホモ・セクシュアル」と も誤解されかねない怪しげなアルバム・ジャケットは、とても「売れたい」姿勢とは 思えない表現手段であったとも言える。 そして、何より斬新だったのは、そのサウンドだ。テクノ・ビートを取り入れたリ ズム&キーボードに、ヘヴィ・メタル的なリズム・ギター、そして吐き捨てるような 低音のヴォーカルの唱法が加わって、聴くものを威圧するかのようなサウンドが展開 していく(もちろん、ドイツ語で歌っていることも大切な要素で、セリフの威圧感を 高めているのはまさしくドイツ語のアクセントが活かされているため)。その世界は 極めて暗く、時に暴力的、時にホラーやサイコ映画の世界に我々を誘う。爆発的人気 ではないにせよ、彼等の音楽でストレスやエネルギーを発散させるべく「共感できる 若者」より広く認知され始めるようになった。しかも、その後あのデヴィッド・リン チ監督が、映画「LOST HIGHWAY」用のサントラに彼等の曲を2曲採用するという、い きなりの大抜擢もあった。デイヴィッド・ボウイやナイン・インチ・ネールズ、スマ ッシング・パンプキンズ、マリリン・マンソンらと肩を並べて、当時アメリカではま だ無名だった彼等が堂々とドイツ語の曲を2曲も披露しているのだ。 彼等の人気が爆発したのは、セカンド・アルバム「SEHNSUCHT」(97年)リリース後 。中世の拷問シーンを再現したかのようなむごたらしいメンバーそれぞれの顔のアッ プがアルバム・ジャケットとなり、それらはポスターとして大々的に貼り出され、街 のあちこちで目を引いた(少なくとも私は最初は気に障り、次第に気に掛かり始めた ものだ)。どす黒い歌詞の世界はさらに混迷を深め、性や宗教のタブーにまで踏み込 んでいく。それゆえに「あのシンガーは狂っている」とか「きっと過去の性体験が歪 んでいたに違いない」「女性に酷い目に合わされたんだろう」などといった勝手な憶 測も飛び交うようになる。 また、彼等のコンサート・パフォーマンスが度肝を抜いたのもこのアルバムでのツ アーからだ。"ライヴはショウアップさせるべき"とのポリシーの元に、彼等は「火」 を大量に用いたパフォーマンスを恐れなく(惜しみなく)実行していくのである。特 注の80キロもある点火装置着きメタル製のジャケットを着て、シンガー自らが炎に包 まれる。マイクが燃えている、そして自身も燃えているシンガーが発煙筒を振り回し 、ステージ上には炎で真っ赤になっていく(もちろん演出で、これまで事故といえば 軽い火傷程度で済んでいるそうだ…とはいえ危険とは常に隣り合わせであることに変 わりはないが)。 現在、「SEHNSUCHT」の売上げ枚数は、ドイツで100万枚以上、アメリカで約70万枚 、スイスで約7万枚、オーストリアで5万枚、ポーランドとスイスがそれぞれ約3万枚 、オランダでは約2万枚というデータが公表されている。公称の数字であるとはいえ 、これはまさに快挙であろう。 ●ネオナチ疑惑はメディアの産物か、それともバンドの仕掛けか? 彼等は、メディアを巻き込んでの戦略も、実に長けているとみている(彼等にブレ ーンがいるのか、彼等自身がキレものなのか、まだ私にはそれを直接確かめるチャン スがないのだ)。ファンが増殖すると同時に、彼等をバッシングする人達も増える訳 だが、これまで何度も言われてきた「彼等はネオナチではないか」との噂は、常に絶 えなかった。 その主たる原因は、彼等のイメージからくることが多かった。少なくとも、彼等の 歌詞に「右寄り」とされる節は見あたらない。歌詞には多々「裏の意味」が隠されて いるが、それは「性的表現」を露骨にさせないトリックであったり、暗示的に人間の 性(サガ)を皮肉っているものであったりする。そして彼等自身も、そういった批判 に対しては、「僕達は政治的なことは歌っていない」とコメントを発表してきたので ある。しかし、しばしばマスコミはネオナチ疑惑として、話題作りをしてきたのも確 かだ。彼等の活動する舞台が世界に広がれば広がる程、それぞれの国でそういった「 話題」が提供されてもきたのである。しかし、本当のところは、彼等は実は意図して 「ドイツの暗部・ナチズム」を連想させるイメージを演出している部分はあるかもし れないが、それはあくまで演出の手段であり、彼等のアートの一環だ、と私は高を括 ってきた。 が、その私にも判断に迷うちょっとした「事実」が発覚した。彼等は「SEHNSUCHT 」からカットすべきシングルがなくなると、今度はDEPECHE MODEという人気アーティ ストの曲「STRIPPED」をカヴァーし、それをシングルとしてリリースした。たぶん、 英語圏での市場も意識してのことであっただろう。もちろんカヴァーなのでそのまま 英語で歌っているのだが、曲調はあくまで彼等独自の暗く重い作風。それは別に問題 はない。問題なのは、そのシングルのビデオ・クリップだった。 何の先入観もなくそのビデオを見た時は、実は全く面白味が感じられなかった。そ こには一切メンバーは現れず、ただ「明らかにモノクロ・フィルム時代に撮られたス ポーツの映像、しかしそのクオリティーは高く、美しいスポーツの躍動美が見事に捉 えられたシーン」をつなぎ合わせて作られた映像に終始していたのである。これまで は、メンバー自身が出演し、時に映画仕立て、時にライヴ仕立て、いずれにせよ凝っ たオリジナル映像で面白いクリップを作ってきた彼等だっただけに、私は全くそのビ デオ・クリップには彼等の意図が当初は見出せなかった。しかし、後日、マスコミが そのビデオを問題視した。 実は、その元の映像は、Leni Riefenstahlによる作品「Olympia」であったという のである(私はこれを見たことがなかった)。Leni Riefenstahlと言えば、あのヒト ラーに才能を買われ、全面的にバックアップを受けた美人女流ディレクター/作家/ 写真家/プロデューサー/女優であるその人。 「Olympia」は、1936年のベルリン・オリンピックのドキュメンタリー作品で、ヒ トラーがプロパガンダのために、資金を全面的にバックアップしてLeniに撮らせた作 品であったという。ドイツ以外の国では、「Hitler's Olympia」というタイトルで売 られていた時期もあったようである。そしてRAMMSTEINは、その彼女の映像をビデオ ・クリップで使用した。メンバーのコメントは「あの曲に、芸術的なスポーツの映像 はピッタリだとひらめいた(ビデオ・ディレクターの提案の際に)。あくまで美学の 問題なんだ」といったものだが、何とも「あなたたち、狙ったでしょ?」と思わざる を得ない心証を、私は抱いている。それにしても、大胆不敵な、やはりある意味「危 険な」バンドではないか! かれこれ彼等に魅せられて2年になるが、益々彼等と直接対決(取材という形で) を望む欲望が益々湧いてくるというものである。 日本では昨年(98年)7月に「SEHNSUCHT(渇望)」でデビューしているのだが、日 本の洋楽市場の景気の悪さ、そうでなくとも彼等のような音楽性のバンドを「どう売 るか」、ただでさえも難しい日本の洋楽ヘヴィ・ロック市場で冒険できない状況によ り、残念ながらゼロに近いプロモーションで、彼等の存在は未だ日本ではあまり知ら れていない。しかし彼等自身、今後は日本にも目を向けてくるはず。彼等の魅力に取 り付かれてしまった私は、無条件で応援態勢に徹してしまうオメデタイ奴である(= 彼等のような凄い奴等がいるからこそ、この仕事はやめられない)。 2000年に出てくるであろう次のアルバムは、果たして新たな事件をもたらしてくれ るのか!? ●RAMMSTEINオフィシャル・ホームページ● (1999/4/19 原稿作成)
在独音楽レポーター:鈴木佳代子
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